退職をする際や、採用面接を辞退する際、理由を詳細に伝えると角が立つという場合に使えるのが「一身上の都合」という言葉。今回は「一身上の都合」の正しい意味と、使う場面、この言葉を使うとどんな効果があるのか、そしてもし理由を聞かれたときはどんなことに気を付ければいいのかを解説していきます。「一身上の都合」と言えば、事細かに説明をしなくていいので便利ではありますが、使えない場面も実はあるのです。
目次
「一身上の都合」とはどんな意味なのか?
「一身上の都合」の読み方と意味
「一身上の都合」は「いっしんじょうのつごう」と読み、「一身上」は「その人自身の身の上や境遇に関すること、個人的な問題や事情」を意味します。つまり「一身上の都合」とは、「自分自身の個人的な問題や事情による都合で」という意味です。
個人の問題や事情にあげられるものとしては「転職」「結婚」「出産」「引っ越し」「病気」「怪我」などが挙げられます。自分自身が直接関係することでなくても、身内の病気や介護など、家族の不自由をケアするために自分が動くことも「一身上の都合」に含まれます。
このように「一身上の都合」は自分自身に関わるすべての都合を含むことから、あまり事情を話したくないけれど理由を書かなければいけないときによく使われます。特に退職や転職など会社を辞めるとき、次の面接選考に進むのを断るときなどビジネスシーンで使用されることが多いです。
「一身上の都合」は昔から使われていた?
「一身上の都合」を使って詳細な理由を述べないのと同じように、詳細な事情を話さずに何かを取り決めるシーンは江戸時代にもありました。それは「三行半(みくだりはん)」という夫から妻への離縁状です。
三行半には「離婚理由」「離婚するという宣言」「再婚許可」が書かれており、離婚理由には「私たちの勝手につき」や「不相応のため」など、具体的な離婚の理由は書かずに当たり障りのないものを書いていました。これは自分たちや、お互いの家の名前を傷つけないようにするため、また妻が再婚をしやすいようにするためと言われています。
現在は「三行半」のような離縁状はありませんが、この離婚理由に当たり障りのない理由を書くということは、退職時に退職理由として当たり障りのない「一身上の都合」と書くことに通じているでしょう。「なぜ退職したいのか」という本当の理由を伏せて、自分にとっても、会社にとってもお互いを傷つけないように配慮するという慣習は昔からあったことがわかります。
ちなみに「三行半を突きつける」という言葉は、現在でも「離縁する」という意味で使われます。もちろん離婚のことを表しますが、「会社に三行半を突きつける」で「会社に退職の意思を示す」という意味にもなるので覚えておきましょう。
「一身上の都合」を使う3つの場面
「一身上の都合」の意味などがわかりましたが、では実際にどんな場面で使うのかを見ていきましょう。
退職をするとき
一番使われるのが「退職をするとき」です。
引っ越しや結婚など前向きな理由で離職や転職をするために会社を辞めることもありますが、仕事がつらい、職場の人間関係が悪くなってなどネガティブな理由で会社を辞めることも大いにあります。
その際、「人間関係が悪いので仕事を辞めさせていただきます」と言うのは、自分自身も辛い気持ちになりますし、会社側にとっても気持ちいいものにはなりません。そこでお互いに円満に関係性を終わらせられるように「一身上の都合で会社を辞めさせていただきます」と伝えるわけです。そうすることで、自分自身も辛い経験を話さなくてよくなりますし、会社側も悪い気はせずに送り出すことができます。
退職をするときには「退職届」や「退職願」を出しますが、その際にも「一身上の都合」を使うことが可能です。
【例文】
・この度、一身上の都合により、誠に勝手ながら令和〇年〇月〇日をもって退職いたしたく、お願い申し上げます。
・この度、一身上の都合により、来る令和〇年〇月〇日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。
退職の理由がおめでたい結婚や出産、伝えても差し支えない引っ越し、前向きな転職であっても、「退職届」や「退職願」などビジネス文書においては「一身上の都合」と記載するのがマナーです。
周りとの関係性を円満にするための「一身上の都合」という言葉ではありますが、公的な文書で使う当たり障りのない理由としても用いられているのです。
履歴書に書くとき
転職活動などの際には履歴書に職歴を書きますが、なぜその会社を辞めたのかも一緒に記載します。その際「一身上の都合のため」や「一身上の都合により退職」が使われます。
勤めていた会社を辞めるときに書く「一身上の都合のため」については、「何かしらの理由があるんだろうな…」と思うだけで会社側は留めてくれることが多いですが、転職や就職の際の履歴書に書かれた「一身上の都合により退職」については、具体的な理由を面接で聞かれることが多いです。
なぜならどんな理由で退職したかによって、どんな考え方を持っている人材なのか、どんな長所や短所を持っている人材なのかがわかるからです。また退職理由によっては「自分たちの会社に入ったら同じ繰り返しになりそうだな…」と判断し不合格にするなど、会社に合う・合わない、長く働ける可能性がある・ないの判断材料としても働くからです。
履歴書は公的な文書であるため、また記入欄も小さいため、退職理由については「一身上の都合」としますが、のちの面接では退職の理由を聞かれるということを念頭に置いておきましょう。
【例文】
・〇年〇月 株式会社△△ 一身上の都合により退職
内定や選考を辞退するとき
他の会社に行くため内定や選考を辞退したいときや、さまざまな理由でその会社の選考を辞退したいときなどにも、その理由として「一身上の都合」を使うことができます。
会社側としては理由を聞きたいところではありますが、マナーとして深追いすることは失礼であるため、理由について問い詰められることはないでしょう。退職のときと同じように、自分にとっても相手にとっても気持ちよく関係性を終わらせられるようにするのが、「一身上の都合」の使い方です。
【例文:辞退連絡がメールの場合】
・誠に恐れ入りますが、一身上の都合により、内定を辞退させていただきたくご連絡いたしました。
「一身上の都合」が広く使われる3つの理由
どんな事情でも使えて、本音を隠せるから
「一身上の都合」は個人的な事情であれば、どんなことであっても理由として成り立ちます。そしてさまざまな理由が「一身上の都合」に含まれているからこそ、本当は「業務内容に対して不満があって」退職したとしても、「キャリアアップをしたいから」退職したとも表せられるのです。そんな「本音を隠すことができる」という点も、「一身上の都合」がよく使われるようになった理由の1つでしょう。
お互いに気持ちよく関係性を終わらせられるため
自分の気持ちを素直に表すことはとても良いことですが、なんでもかんでも思っていることを伝えるのはトラブルの引き金にもなります。特に相手を悪く言うことは、その相手との関係性を悪くすることに繋がるでしょう。
会社を辞めるときや会社の選考を辞めるときも同じことで、相手(=会社)に対して悪く思っていること、例えば「教育体制が整っていない」「給与が低い」「上司との関係性が悪い」などを伝えてしまうと、辞めた後の会社の雰囲気を悪くし、その会社に所属する従業員に対しても失礼に当たります。
どんなに会社に対して不満があったとしても、退職時には「一身上の都合」を使って本音をオブラートに包み、波風を絶たせずに関係性を終わらせるというのも大人としての1つのマナーです。
自分にマイナスなイメージを付けないようにするため
利己的ではありますが、前述したような「教育体制が整っていない」「給与が低い」などの会社への不満をあらわにして退職をすると、自分自身に対して「不満ばかり言う人だ」などのマイナスのイメージを植えつけることになります。
「会社を辞めるのだから別にいい」と思う人もいるかもしれませんが、今後絶対に関わりがないとはいえません。退職理由で自分へのイメージを悪くしないためにも、「一身上の都合」を使うことはとても有効です。
退職時には気を付けて!「一身上の都合」には含まれない「会社都合」の退職とは?
「会社都合」と「自己都合」とは?
退職の理由は、個人的な事情で自分から退職を申し出る「自己都合退職」と、会社の業績が悪化しリストラに遭うなど、自分の意思とは関係なく退職をせざるを得なかった「会社都合退職」の2つに分けられます。
退職理由を「一身上の都合」とできるのは「自己都合退職」の場合のみです。
「会社都合」での退職の場合は、個人的な事情による退職には含まれないため、「一身上の都合」で退職をしたとはいえません。
退職理由によってもらえるお金が変わる!
退職をしたのが「自己都合」であるか「会社都合」であるかをはっきりさせるのはとても重要です。なぜなら、雇用保険に入っている人が失業すると給付される「失業手当」が、会社都合の退職である場合と、自己都合による退職である場合では金額や支給開始日が異なるからです。
また失業手当の受給の有無に関わらず、退職時にはハロワークへ書類を提出します。その際に会社側と退職理由についての認識を合わせることになります。もし書類上で、その認識に相違があった場合、所定の手続きで異議申し立てをしなければなりません。面倒な手間を作らないよう、退職の際には離職理由が「会社都合」なのか「自己都合」なのかを会社側と話しておくといいでしょう。
具体的な「会社都合」の退職とは?
では具体的にはどんな理由が「会社都合」の退職になるのでしょうか。
・倒産による退職
・会社の経営不振によるリストラ
・定年退職
・早期退職者の募集に応募して退職
・会社が移転し、通勤が難しくなったため退職
・パワハラやセクハラを受けて退職
・残業の常態化により退職
倒産やリストラなどはもちろん「会社都合」に該当しますが、会社の移転や職場でのパワハラ、雇用契約内容と剥離した勤務状況なども、自分の意志ではどうすることもできないため、これらを要因とした退職も「会社都合」となります。
言い換え方はコレ!「一身上の都合」で理由を聞かれたらどうする?
退職理由を「一身上の都合」としていても、理由を聞かれることもあります。
その場合どう対応すればいいのか、シーン別にみていきましょう。
退職をするとき
退職をするときは、その理由まで事細かに説明する義務はありません。そのため一般的には「一身上の都合で」と会社側に伝えれば、それ以上を聞かれることはありません。
しかし、関係性が良好だった上司や、お世話になった方から退職理由を聞かれることもあるでしょう。もしその際に本当のことを言いたくない、もしくは言ってしまうとその人との関係性に影響するのであれば、「家庭の事情で…」「体調が悪くて…」など差し障りのない理由を伝えると切り抜けられます。
内定や選考を辞退するとき
こちらもあまり聞かれることは少ないですが、欲しい人材であった場合などには辞退の理由を聞かれることがあります。条件を変えられる余地があれば、その人材を確保することを諦めたくないからです。
内定辞退や選考辞退の理由を聞かれた場合は、「他により希望に近い会社に内定をいただいたので」や「転職活動を中止したので」など比較的素直に答えても問題ありません。ただし、相手の会社を悪く言うような言い方はやめましょう。
転職の面接のとき
一番理由を聞かれることが多い、そして答え方が難しいのが転職活動中の面接での場面です。
「キャリアアップをしたい」「〇〇をやりたくなって」などポジティブな理由であれば素直に答えられますが、「人間関係が悪くなって」や「労働条件が悪くて」などのネガティブな理由は自分のイメージを傷つけることになりかねません。
ネガティブな理由で退職をした場合は、次のような言い換えを使うと印象が良くなります。
・人間関係がよくなかった
→前職では5年働いておりましたが、人の入れ替わりがなく、新しいチャレンジも少なかったため、職場を変えてステップアップしたいと考え退職しました。
・給料が少ない
→給料が上がる見込みがなかったため、収入を増やせるチャンスのある職場で働きたいと思い退職しました。
・労働時間が長い、もしくは労働時間が不規則
→前職はシフト制で働く日が変動的であったため、生活のリズムを安定させて働きたいと考えて退職しました。
まとめ
「一身上の都合」の意味や使い方、もし理由を聞かれたときの言い換えの仕方などを説明してきましたが、いかがでしたか。退職や選考辞退でよく使う「一身上の都合」ですが、自分と相手双方が気持ちの良い関係性を保つために使われている言葉であることがわかりました。転職活動中は「一身上の都合で」という理由では切り抜けられない場面もありますが、ポジティブな言葉に置き換えて、対応していきましょう。